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サラリーマンが築古木造を購入すると節税できるのか?(8)

その男性は、妙にかしこまった面持ちで、顔中から吹き出る汗をコンクリートの床に落としながら俺に名刺を差し出した。初めて聞く会社名だが、東京ガスの大手代理店らしい。

「単刀直入に申し上げます。オーナー様がお持ちのアパートのプロパンガスの供給を、弊社でやらせていただけないでしょうか」

どうしてこの男は、俺があの物件のオーナーだと知っているのだろう?
聞けば物件の登記簿をチェックして、ここにたどり着いたという。黒塗りされた物件の外観から、MS社が購入して投資家向けに販売するものだと以前から目をつけており、定期的に登記簿を確認して物件の所有者が変わるのを待っていたというのだ。実際彼が俺に連絡をしてきた時は、購入からまだ2ヶ月も経っていなかった。

普段営業とは全く関係ない仕事をしている俺は、これにはかなり驚いた。本当に仕事を取りに来る営業マンは、こんな地道な努力をし、無駄足を踏む覚悟で真夏の炎天下の日曜の午後にスーツを着て、潜在顧客を訪ねてくるのだ。彼の情熱とセールスマンとしての苦労と顎からポタポタ垂れる汗を見て、俺はこの営業マンの話を一通り聞いてみようと思った。

MS社との売買契約に含まれる形で、俺は指定したガス会社の契約を引き継ぐ書類にサインをしていた。契約である以上、中途解除をすると数百万単位の違約金が発生する。しかしこの新しいガス会社の提案によると、この違約金はすべて新しいガス会社が引き継いでくれるという。それだけではガス会社を切り替えるメリットがないが、彼らは更に数多くの特典をわかりやすくパワポまとめ、それらを同時に提案してくれた。

一つ目は全部屋にインターホンと高速ネット回線を導入すること。これは入居者にとってはかなりプラスの特典となる。
二つ目は駐車場には2台の防犯カメラを設置し、俺や管理会社がいつでも必要な時にリアルタイムでカメラの映像や過去の録画を確認できるようにすること。
三つ目は退去が出る度に各戸に一台無料で新品のエアコンを導入すること。
もちろん給湯器の寿命などで交換必要な場合は、無償で対応するという、どのガス会社でもサービスの一部にしているオプションもついている。

これだけのメリットを得るために俺が負担する金額はゼロだ。入居者へのガス料金の値上げもなし。
ガス会社が月々受け取るガス料金の中から、10年間かけてこの分を取り戻すのだ。

俺はすぐにでもこの提案を受けたかった。そうすれば退去率を減らすことにつながるし、空室ができた時も入居者への希求力が高まる。

しかし、そのためには最大の関門をクリアする必要があった。そう、それは切り替え前のガス会社と太い関係を持っているMS社の説得である。
管理会社であるMS社の合意を得られなければ、新ガス会社の連携が上手にとれずに、様々な工事や調整もうまく進まないだろう。

難しい交渉になることはわかっていた。でもここは頭を下げてでも俺の意思を通さねばならない。
そして俺は腹をくくり、再びMS社に乗り込んだ。

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